歩・探・見・感

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琺瑯町名看板 台東区谷中上三崎南町73

本日(2021年10月15日)訪問し、現存を確認してきた。と書きたかったのだが、残念なことに消滅していた。

谷中1丁目にある「みかどパン店」が閉店になるという情報を見て、さっそく訪問してきた。

すぐ気が付いたのは、琺瑯町名看板が無くなっていることだった。
この写真が設置跡になる。以前はここにあったのだ。

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無い、無くなっている。
どこに行ってしまったのだ?

店の前に閉店のお知らせの張り紙があった。

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つい先日閉店したばかりだったようだ。

今まで入店したことはなかったのだが、今思うと、何か買っておけばよかったと思う。
何回もこの店の前を通ったことがあったのに、残念だ。

ご高齢ということなので、仕方のないことだが、どなたか後継者の方はいなかったのだろうか?
先日の「あんぱちや」が閉店したと思ったら、こちらもだ。

本日現在の「みかどパン店」の全景はこのようになっている。

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建物は明治後期に建てられたもので築100年以上だそうだ。
左側の住居と思われる家の中から人の声が聞こえたので、まだお住まいのようであるが、今後は解体されてしまうのだろうか?

小さくてわかりにくいが、街区表示板の上に琺瑯町名看板が設置されていた。

右側にヒマラヤスギが植えられており、いろいろ物語があるようである。
このヒマラヤスギの行方も気になる。

電力プレート「サンナミ-1」はまだ無事であった。

それでは、消滅する前の琺瑯町名看板を御覧に入れよう。

発見日  2020年7月11日

発見場所 東京都台東区谷中1丁目

広告主  本郷獣医科

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この琺瑯町名看板の行方が気になったので、ネットで調べていたら、「お店の方が外して、保管している。」というような記事を見つけた。
盗難にあったか、誰かほしい人がいてあげてしまったかと思ったが、そうではないようである。行方不明になっていないということで、ひとまず安心である。
解体されて、マンションになるというような記事もあったが、あの三角地帯でマンションは建てられるのだろうか?

沿革
1872年(明治5年)
谷中西光寺町、谷中自性院町、谷中感応寺町、その近隣寺地、谷中村を合併し起立。

1878年明治11年)11月2日
東京府下谷区に所属。

1889年(明治22年)5月1日
東京府東京市下谷区に所属。

1891年(明治24年
東京府北豊島郡谷中村字瑞輪寺前、字上三崎三角の一部を併合。

1943年(昭和18年)7月1日
東京都下谷区に所属。

1947年(昭和22年)3月15日
東京都台東区に所属。

1967年(昭和42年)1月1日
住居表示の実施により、谷中一、四、六丁目に編入となり消滅。

町名の由来
谷中三崎町よりも高い所にあるため、「上」の字を付し、南方にあったのでそう名乗った。

 

2022年2月17日
再訪した時に、さかさまにひっくり返った防火用水があるのに気が付いたので、見てみると「上三崎南町」の名称があったので、掲載しておこう。

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数十キロはありそうなこんな重いものどうやってひっくり返したのだろうか?