2022年10月17日、ブログのお知らせに「言及されました。」のメッセージが届いた。
「言及」ってなんだ?
クレーム?
srdさんて誰だ?
なんと!「埼玉の古い地名歩探す」を主宰されている方だった。
そのブログの記事の中で当ブログの記事を紹介してくれていたのだった。
言及は、はてなブログでは「自分の書いた記事のリンクを貼られること。」を意味するらしい。
初めてのことなので驚いた。
ビックネームの方が超マイナーな当ブログの下記4つの記事を取り上げてくれたのだ。
2022年10月23日8時頃、日課にしているのだが、いつものようにはてなブログのアクセス解析をクリックする。
何だ?
Twitterからのアクセスが急増していた。
今までTwitterからアクセスされることなんてほとんどなかったはずだ。
調べてみると「埼玉の古い地名歩探す」の主宰者であるsrdさん(twitterでは「埼玉の地名@chimei_saitama」さん)がtwitterで7時台に上記の記事のことを紹介していてくれていた。
SNS恐るべし。
自分はtwitterもinstagramもやっていないが、もしやっていたとして投稿したとしてもアクセスはほとんどないだろう。
これは「埼玉の地名@chimei_saitama」さんのネームバリューのおかげでしかない。
srdさんとやり取りをさせていただき、次のようなコメントをいただいた。
「私が過去に紹介した旧地名については、遠慮なくブログに上げていただいてかまいません。旧地名を新たに発見してブログに掲載するところまでで私の中では完結しており、権利のようなものを主張するつもりはありません。いろいろな方が独自の視点で紹介されるのを見るのもまた楽しみです。」
と「埼玉の古い地名歩探す」さんで紹介されている旧町名についての記事を書いてもいいというお墨付きをいただいた。
もう既に「埼玉の古い地名歩探す」さんで紹介されている旧町名を勝手に自分の手柄のようにして書いた記事もあったのだが、そのあたりは気にされていないようだった。
ホッ。
今まで埼玉県の旧町名については、「埼玉の古い地名歩探す」さんで紹介されていたものは、あまり紹介してこなかったのだが、ストックがかなりあるので、これからは埼玉県の旧地名も積極的に紹介していくことにしようと考えている。
発見日 2020年9月22日
見上げるところに設置されていたので、生き残ったのだと思う。
「埼玉の古い地名歩探す」さんが発見された街区表示板が消滅してしまっており、街区表示板はすべて新しいものに置き換えられているので、これが「浦和仲町」の唯一の痕跡と思われる。
さいたま市浦和区仲町を何回かに分けてローラー作戦で探索したが、これしか発見することができなかった。
表札も発見することができなかった。
でも、当時はへっぽこ探索だったので、見落としがあるかもしれない。
現在の自分は当時の自分より探索力がアップしていると思われるので、発見できるかもしれないが、今のところチャレンジする予定はない。
これが旧町名?
と思ったあなた、これでも旧町名なのだ。
その理由は下記に書いてある歴史を見てもらえばわかる。
交差点
「Urawanakacho」のシールが気になる。
シールの下はもしかしたら「Urawanakamachi」?
消火器ボックス
仲町一丁目から三丁目のものは「仲町」となっていたので、このボックスは「浦和仲町」時代に製作されたものかもしれない
自治会
消火器ボックスと同じように「さいたま市浦和仲町」時代に作られた掲示板かもしれない。
歴史
1937年(昭和12年)
浦和市大字浦和宿の一部から仲町一丁目 - 五丁目が成立。
1965年(昭和40年)7月1日
住居表示実施により、仲町一丁目 - 四丁目・常盤町一丁目・高砂町三丁目・大字別所の各一部から仲町一丁目 - 四丁目が成立(仲町一丁目の全域と常盤町一丁目の一部から一丁目が、仲町二丁目の全域と常盤町一丁目・高砂町三丁目の各一部から二丁目が、仲町三丁目の全域から仲町三丁目が、仲町四丁目の全域と大字別所の一部から四丁目が成立)。また、仲町五丁目の全域と本太町二丁目の一部から東仲町が成立。
2001年(平成13年)5月1日
浦和市・大宮市・与野市が合併しさいたま市が発足。さいたま市の町名となる。旧大宮市仲町との区別のため町名が「浦和仲町」に変更される。
2003年(平成15年)4月1日さいたま市が政令指定都市に移行し、同市浦和区の町名となる。町名が「仲町」に変更される。
上記のようにこの町名は2001年から2003年までの2年間しか存在しなかったものである。
コスト削減の為だろう、旧来の街区表示板をシールを貼ってごまかしたものだが、今となってはこれでも貴重なものだ。
地名の由来
レファレンス協同データベースで以下の記事を発見。
江戸時代の浦和宿で「中町」が存在し、その後「仲町」に表記変更。もともとが「中町」であったことは資料から確認できたが、人偏がついた理由は分からなかった。
『さいたま市地名の由来 地名からわかること』青木義脩/著 幹書房 2013年
はじめに(ページ付けなし) 「真ん中だから仲町」と記載あり。
更にいろいろ記載されており、興味のある方は確認してみてほしい。